胡蝶の夢日記

20歳代後半の元大卒無職の現大学職員の雑記ブログです。心身の問題に興味があります。「自分のこと」をことばにすることでみえてくる自己実現について、かんがえています。シンプル&ポジティブで、はりきっていきましょう。

学歴コンプレックスをぶっこわす(n国の立花孝志さん風に声に、だしてみる)

こんばんは。今回のブログは、ちょっと趣向をかえてみようとおもいます。自分のことばかりかかずに、だれかの役にたてればいいなっておもって、かいてみました。みなさん、学歴コンプレックスは、おもちではありませんか?ぼくは、けっこうそれがつよくあり…

「ちがう」といえない共感をしいる空気。

「ちがう」ということを主張しようと、つまり、「自立しよう」という自我の運動が活発になりはじめたときに、「共感」によって、それをはばもうとする空気がながれ、なんとなく相手のことをおもんぱかって、「ちがうというのは、やめておこう」と、みずから…

ラーメン屋さんからまなんだ仕事のありかた

よく利用するラーメン屋さんがある。その店には、母親とも、いっしょに利用するし、いまは他県ではたらく弟が帰省したときにも、たまに、いっしょにいく。弟などは、「せっかく大阪にかえってきたのだから、たべにいかなあかん。」といった、いきおいである…

「ふつう」でありすぎることの危険性

「自分は、つねに、だれともわかりあえず、ひとりである」とおもいこんでしまう、心身のこわばりが、むかしはつよくあった。とにかく、孤独がつらく、「なぜ、こんなにも、ひとりでいることが、さびしいのに、だれとも、ふかいかかわりをもつことができない…

身体的な行為をくりかえすことによって、価値観などが固定化していく

「ハイル・ヒトラー」と発声し、右手、右腕を前方ややななめにかかげるという身体的な行為。ヒトラーへの忠誠の象徴。何度も、くりかえしてみると、ヒトラーと同一化していくような感覚をおぼえ、身体の一部が、妙な一体感につつみこまれてくる気がする。お…

教育機関の闇

教育機関に、ミニ・ゲッベルス、ミニ・ポムゼルが存在しているところが、切実に、危機的なのことだとおもう。教育機関で、かれらは、役職をもち、しっかり、権力をもっている。教育機関が、ナチス的論理を利用しているというところに、ぼくは、本当に危機感…

ミニ・ゲッベルス。ポピュリズムが蔓延する、きわどい時代。

ゲッベルスは初期のポピュリストのひとりだ。 globe.asahi.com ゲッベルスを駆り立てたのは政治的な考えではなく、非常に強い虚栄心から権力を欲しただけだった。彼もそれを自覚していたことがセリフからもわかる。彼は天才的に、どうすれば人心やメディアを…

組織を牛耳る、おそろしく、狡猾で、したたかなペテン師たち。

下品だが、ぼくがみてきた事実なので、やっぱりかいておこう。社長のちんぽをしゃぶること、あるいは、社長のまんこをなめることで、出世していた人間が、つまり、「ブルンヒルデ・ポムゼル」的人間なんだ。それで、なんか自分が、社長の恋人かなにか、一体…

ポピュリズムに埋没しないために、脱「共感の人間関係」をいきてみる。

共感をともなう人間関係は、とてもたいせつだと、ぼくはかんがえている。共感を悪用してきたひとびとが、むかしから、たくさんいるけれど、だからといって、共感そのものの価値を否定することは、ちがうとおもう。共感をあきらめた人間関係には、身体感覚が…

点と点がつながる。

社会にでることにつまづいて、一度くるいはじめてから、なんとか社会参加できるようになって、自己実現するために、すがるおもいで、いわゆる文学といわれるものを、まっこうから、よむような時期があった。そこで、カフカをしった。はじめ、『変身』をよん…

カフカとブルンヒルデ・ポムゼル

カフカの『城』的な、不気味な世界を、「ブルンヒルデ・ポムゼル」という人物をとおして、ながめてみると、よくわかるのではないだろうか。ふと、そんな気がした。城 (新潮文庫)作者: フランツ・カフカ,Franz Kafka,前田敬作出版社/メーカー: 新潮社発売日: …

煽動には、すくなくとも、二種類ある。

煽動には、すくなくとも、二種類おるようにおもえる。ひとつは、大衆を煽動し、ポピュリズムとむすびつくもの。政治家さんや運動家さんなどがとる方法だ。もうひとつは、「個人を確立せよ。個性化せよ。孤独にたちむかえ。」みたいに煽動して、創造的にいき…

ナチス化する企業組織

あんまりいいたくないが、いまの職場で、「このひとのようになりたい」とおもえる人間って、ほんとうに、いない。あいまいにしか、いえないが、「このひとのように、社会参加できる人間になりたい」というのが、ない。まあ、ひとりはいるが、それは別の部署…

大学広報というデマゴギー。

まなぶことは、どこでも、できる。そういう前提を理解しているためか、なんなのかはわからないが、私立大学は、少子化による競争環境の激化という情勢のなかで、存続するために、「本学の特色は!」などと、やかましくさけんで、宣伝している。関西の電車の…

しっかりとした「自分のかんがえ」をもつための基本。

妄想によって、自分の目でみた事実群のあいだにあるすきまがうめられていき、思想がねられていくのだとおもうけれど、うっかりしていると妄想が飛躍し肥大化していき、思想ではなく、ピンクスパイダー化がすすんでいく。"おもいこみ"のはげしいぼくは、そこ…

しがらみからの解放。

感情とは、ほんとうに、つかみにくい。感情はつかみにくいものだから、とにかく、感情のゆれを感じたなら、のがさずに、ことばにするのが、それを理解するためには、最善の手なのだと、いまはおもう。ある感情に根ざしたおもいがあって、それをことばにして…

毒親の存在にくるしんでいるひとへ

毒親からの精神的、身体的な負荷をかけられ、自由になれず、自信をもつことができず、自分の本心すら、おもてに表現できないひとへ。 ぼくが毒親からの圧束から解放されるために、参考にした本を紹介します。 重要なのは、つぎにあげる本をよみながら、自分…

「連帯のある社会」を創出するいとなみに「市民」として参加していくことを、わたしはのぞんでいる。

「あなた」から、話をふられたから、わたしが、「あなた」にむかって、話をしているにもかかわらず、「不毛な議論はやめよう」とか、「おまえのいっていることは、わからない」とか、「それはちがう」とか、そういう否定的なリアクションをするひとたちがい…

マインドフルネスのこと、など。

ぼくのなかには、おそらく、極右ポピュリストなんかに、煽動されると、うっかり感化されてしまいかねないあやうさが、たしかにあったはずだ。「あったはず」と、過去のことにしているのは、この2週間ほどで、「自分は、自分のものさしをもっている」と納得…

1日のしめくくりに。『ゲッベルスと私』の感想と阪神タイガースの鳥谷選手の退団のこと、など

今日は、夜の8時すぎまで、はたらいて、帰宅後は、阪神タイガースのユニフォームをきる鳥谷選手の最後の勇姿をみながら、夕食をたべた。「ここで引退して、将来の幹部候補として、がんばってくれ」という球団からのさそいをことわって、「野球選手として、納…

ぼくが経験して、みてきた、日本の体育教育への違和感について。

体育教師は、おそらく、学生時代にスポーツを一生懸命にがんばってきたひとたちだ。このようなひとが、体育をおしえているから、日本の体育はあまりおもしろくないのだ。スポーツとは、身体を極限まで、いためつけるいとなみだ。今日、阪神タイガースのエー…

政治を勉強するには時間が必要なのに、残業つづきの大衆には、その時間がない。この悪循環が、ポピュリズムをうむんじゃないのか?

だれに投票しようかと選択をせまられると、なかなかむずかしいことがわかってきた。 どいつもこいつも、政治家という職業の人間は、大衆性をくすぐってきやがるから、うっかりとろかされるこわさがある。 たかだか一票を投じるだけであるが、ただしく意思決…

【政治を勉強する】山本太郎さんと立花孝志さんの政見放送は、大衆を煽動するちからがたかすぎるとおもう。自我をたしかにしなければ、うっかりとろかされそうだ。

最近、にわかに、政治に興味をもちはじめている。まあ、にわかに興味をもったのだが、自分としては、社会参加への志向がいきつくさきは政治だとおもうので、なるべくして、なったと理解しているが。これまでは、もう、ほんとに無関心だった。 それで、政見放…

8050問題と持続可能な社会

今朝の朝日新聞の朝刊で、8050問題がとりあげられていた。wikiしらべでは、「2010年代以降の日本に発生している長期化した引きこもりに関する社会問題である。」とある。小学生のころから40年もひきこもっていた50歳代の男性が、80歳まえの母親が自宅で死去…

孤独をうけいれたことから、ひろがる他者との関係性。

孤独で十分だと覚悟をきめたことで、他者との関係をきずいていく距離感がわかるという不器用さがある。もはや、だれとも共感できなくてもよいと、覚悟をきめたところからひろがっていく、共感の可能性がある。しかし、孤独という態度をきめた不器用さは、二…

祝杯!

10kmをはしったので、祝杯をあげている。場所は、家のちかくの居酒屋だ。 このビールとおつくりセットは、800円である。なかなか破格の値段だとおもう。まさか、甘エビがついてくるとは、おもわなかった。やっぱり、エビって、はなやかだ。つかれているから…

はしることとマインドフルネス。

10kmを55分かかって、はしりきった。ひとつ壁をこえたような気がしていて、達成感がある。今日は、はじめから、10km走にチャレンジしようと目標をさだめていた。しっかり10kmをはしることができるルートをGoogleマップで、しらべてから、はしった。つまり、…

"わたし"中心の生き方って、決して、「ちかづくものを傷つける」ような自己中心的なありかたではないとおもうのだけど。

①「"だれか"のためにあることで、"わたし"の関係がひろがっていくありかた」②「"わたし"のためにあることで、"だれか"との関係がひろがっていくありかた」このふたつのちがいについて、かんがえている。①は、19世紀おわりごろから20世紀なかごろくらいにあっ…

おもいこみのなかで、勝手に激怒するひと。おもいこみのなかに、とじこもって、虚無的になるひと。ふたつの人間の型は、まるで「おなじ穴のむじな」なのに、わかりあえない。

あるひとが、といかけなり、発言したことを、聞き手のなかで、「こういう意味でいっているのかな」と解釈することは、全然よい。しかし、それは、この時点では、ほとんど勝手な解釈であるわけなので、「あんたがいっていることは、つまりこういうことか?」…

すこやかな心身をはぐくむことで、過激な思想から自由になれる。

さきほど、4.8kmほどを24分くらいで、はしってきた。とうとう、「1km、5分」で、はしることができるようになった。これは、もはや、「アマチュアランナー」といってもよいだろうと、うかれるくらい、自分としては、おどろきの出来事だ。などと、しばし、うか…