物語の草稿あるいは断片。死に関して。
突然、いきおいよくたちあがり、あかるい調子の声でさけびながら、店からとびだした。そして、そのまま、ビルの屋上へかけあがり、Aはそこから、とびおりた。
Aは無惨にも死をむかえた。
Aの死は、目撃者多数であり、だれがどうみても、とびおり自殺であると結論された。死の直接的原因はあまりにも突然のことだったので、解明することはできず、酒乱、あるいは精神錯乱により、発狂し、とびおり自殺をしたものだと結論づけられた。
しかし、Aの死は不可解である。
とびおりるすこしまえまで、たのしそうに、みんなで、お酒をのんでいたのである。そこで、Aはいつものとおり、しきりに未来のことをはなしていた。その様子は、いつもとなんらかわりはなかった。
Aのこれまでは、順風満帆とはいえないが、ある程度の成功をおさめてきており、また、これからのぼり調子であることは、たしかだった。現在の仕事では、Aが提案した企画が採用され、Aを中心に順調にすすめられているときである。
もしAの死が発狂死だとすると、いったいなにがそうさせたというのか。
また、Aの死は目撃者多数であるとはいえ、目撃できたのは、店からとびだしビルの屋上へとかけのぼったことと、数分後にはビルの屋上からおちてくる姿とその結果としての死体だけである。
Aの死については、ビルの屋上でなにがおきていたのかは、だれもしってはいないのだ。
本当に自殺と断定できるのだろうか。
人間は多少のアルコールをふくめば、気分はハイになり、天をかけるほどのおおきな気になるのは、至極あたりまえのことである。
そんなとき、ビルの屋上で、おおきく息をすい、おおきな声で、さけびたくなるものである。
ここには事故がおきる可能性は、十分すぎるほどあるだろう。
しかし、Aは生前、死に関することをよく口にしていたのもたしかである。Aの遺品のなかには、死についてかかれたノートが、いくつかあった。
ノートにかかれた、Aのことばからは、「死にたい」などという自殺願望とうけとることができるようなものはいっさいなかったが、つねにAのとなりには死があったということだけは、容易に想像することができた。