読書のおもしろさ。藤川球児『未熟者』の読書感想文

たいした量の本をよんできていないし、そもそも読書というもの自体があんまりすきでもない。だけど、本をよんでいて、おもしろいとおもえる瞬間は、それでもやっぱりある。

藤川球児の『未熟者』という本のあとがきに、「まだ28歳。人生80年として、僕はその3分の1を生きたに過ぎない。」、「プロに入って10年の時が流れた。次の10年もまた、長いものになるだろう。」とある。

さっきの記事に、藤川球児を「10年単位でいきる人間」の先輩であり、ヒーローであるとかいたけれど、そのこたえあわせというか、直観がただしかったことを読後にしることができた。このような瞬間がやっぱりおもしろい。
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もうひとつおもしろいのは、よむ本は、自分でえらんでいるつもりだけど、あるいは、本によって、えらばされているのかもしれないということだ。

ぼくのヒーローである藤川球児が、ちょうど10年前の「29歳になる年の、28歳」のときに、感情や思考をそのままの形で表現した本が、この『未熟者』という本なのだ。ここには、人間「藤川球児」が、10年前に、かんがえたり、感じたりしていた、生(なま)の声が記録されている。

ぼくはちょうど今年29歳になるけれど、この本には、いまぼくがやりたいこと、やろうとしていることに、すごくちかいことがしるされている。

232、233ページから引用する。
「『こんな感情的なことを書いて、だれが得をするんだろう』と思うようになってきた。~中略~悩みや葛藤がある分、自分がおもっていることの8割しか文字にできていなかった。これでは、本を出す意味がない。僕は、迷惑を承知で出版延期をお願いした。~中略~僕はとにかく書いてみることにした。そのとき思っていること、感じていることを、とにかく書いた。すると、少しずつではあるけれど、頭のなかがすっきりしてきた。~中略~本としては最悪かもしれない。悩み、苦しんでいた『未熟者』の僕が、前向きな気持ちになるための『ステップ』になってくれた本を、お金を払って読んでいただくのだから。」

ぼくが、この本を5年前に、よんでいても、なにもかんじなかっただろうとおもう。10年前なら、なにかを感じたかもしれない。たけど、おそらく、感じたことが、なになのか正体をつかむことはできなかったとおもう。

だいたい、当時から、藤川球児のファンだったので、本をだしたことくらいは、しっていたのに、手にとることはなかったし、その後もすっかりわすれていたのだ。これはたぶん、本にえらばれているからなのだと、多少オカルトなことをいって、この読書感想文をおえる。