「連帯のある社会」を創出するいとなみに「市民」として参加していくことを、わたしはのぞんでいる。

「あなた」から、話をふられたから、わたしが、「あなた」にむかって、話をしているにもかかわらず、「不毛な議論はやめよう」とか、「おまえのいっていることは、わからない」とか、「それはちがう」とか、そういう否定的なリアクションをするひとたちがいる。

わたしは、このリアクションに、たいへん不快になるが、つたわっていない真意をわかってもらうために、さらに、ことばをつくす。しかし、「あなた」から、ふたたび、かえってくることばは、「きみは全然わかってない」だとか、「おまえは自分のことしか、かんがえていない」だとか、「おまえはまちがっている」だとか、そういう否定的なものだ。

わたしは、こう何度も否定されると、こころが傷つくので、このような人間と対話をしようと、こころをつくすことは、二度とやめようと、うんざりした気になるのだが、これは、わたしの度量がせまいためだろうか。

しかし、このような「事実」がある一方で、世のなかには、ひろく他者にひらかれた精神をもっている「あなた」がたくさんいるという「事実」もある。わたしは、かれらと話をするとき、自由に、自分のかんがえをはなすが、一度も、それを「ちがう」と否定されたことはない。ここには、あまったるい、なれあいのような精神は、決してないようにおもう。あるのは、「連帯のある社会を創出しよう」という姿勢である。そして、それは、今西錦司梅棹忠夫らがかかげていた「団結は岩よりもかたく、人情は紙よりもうすし」というような精神につらぬかれているように感じられる。以下は、やや余談だが、最近になって、ふと気がついたが、司馬遼太郎などがいっていた「市民」とは、つまりこういうものではないだろうかとおもう。

ここまで、ことばにして、ようやく、「やっぱり、わたしの度量は、なかなかせまい」ということに、わたしは納得する。わたしは、「あなた」の態度に因循姑息なところや自己欺瞞があることをかぎとれば、意地になって、「あなた」とおなじように、「それはちがう」と否定することをやりかえしていた。

しかし、「それはもはや、すこしまえまでのわたしのすがたであり、いまは、そうではない」のだと、わたしは、安心する。いまのわたしは、「市民としてある」ことにむかって、一歩前進している。いまや、わたしは「連帯のある社会」をつくっていくひとびとと、「いち市民」として、かかわりあっていくことをのぞんでいる。「おまえのいっていることは、わからない、ちがう」などと、否定的なことばや態度によって、「つながりを切断する」ような人間に対して、意地になって、「わからせよう」などということはしない。

それぞれ別の個人であり、たがいに「わからない存在」である「あなた」と「わたし」が、わかりあうためにあゆみよることを「わからない、ちがう」という否定的なことばによって拒絶することの心理を、わたしは想像することができる。わたしは、「あなた」が拒絶してしまうという心理を想像することをとおして、わかることができているので、「わからない、ちがう」といって、あゆみよることを拒絶する「あなた」のことをみとめ、あゆみよろうとおもう。わたしは、「あなた」にむかって、「ちがう」とは、決して、むやみにいわないでいようとおもう。

いま、わたしが手にいれつつある、うえのような精神は、とても重要なことだとおもう。「あなた」が、わたしのことをわからなくたって、わたしにとっては、身じろぎひとつすることもなくて、どうってこともないことだと、おもえる精神をもつことが、たぶん、とてもたいせつなことなのだとおもう。そして、この精神がやどってこそ、矛盾を矛盾のままにのみこむことができて、他者を否定しない、他者を攻撃しないような人格をそなえた"おとな"な人間が誕生するのだとおもう。