大学広報というデマゴギー。

まなぶことは、どこでも、できる。

そういう前提を理解しているためか、なんなのかはわからないが、私立大学は、少子化による競争環境の激化という情勢のなかで、存続するために、「本学の特色は!」などと、やかましくさけんで、宣伝している。関西の電車の広告などをこまめにみてもらうと、産近甲龍以下の大学の広告が、おおくみられるはずだ。

とにかく、どこの私立大学も、やたらと宣伝している。

しかし、最近では、たとえば、進学相談会という宣伝の場には、神戸大学など、国立の大学も頻繁に参加しているので、競争環境の激化というのは、事実のようだ。

ここで、もう一度いうが、まなぶことは、どこでも、できる。余談だが、「何度も、くりかえして、いう」というのが、ヒトラーゲッベルスがいうには、宣伝としては最良の手らしい。

「まなぶことは、どこででも、できる」にもかかわらず、私立大学の広報は、「本学ならではの教育特色」だと宣伝して、「どこでも、まなぶことができない」ということをおしだす。

これが、私立大学がいきのこっていく戦略なのだろうとはおもう。

しかし、「内実がともなっていない」とおもわれることも、大学案内などで、「本学では、できます」といいきっているところをみるにつけ、いったい真実とは、なんなのだろうと、おもってしまう。

ナチスが戦略的にとったデマゴギーと、なんらかわりのないことを、確信犯的に、おこなっているような気がするのは、ぼくが、子どもっぽいからなのだろうか。

ぼくは、宣伝することに、ほんとうに抵抗がある。