身体的な行為をくりかえすことによって、価値観などが固定化していく

「ハイル・ヒトラー」と発声し、右手、右腕を前方ややななめにかかげるという身体的な行為。ヒトラーへの忠誠の象徴。何度も、くりかえしてみると、ヒトラーと同一化していくような感覚をおぼえ、身体の一部が、妙な一体感につつみこまれてくる気がする。おそらく、こうして、大衆は、しらずしらずのうちに、部分的にとりこまれていくのだろう。

身体的な行為をくりかえしおこなわせることによって、日常化し、「ふつうのひと」の「ふつうの感覚」に、しみこませていき、「ふつうの日常」に、「はじめからあったもの」だと、素朴な感覚で、そうおもうようにみちびいていく。

身体的な行為に、意味をおおくもたせすぎると、その行為をくりかえすうちに、その意味のなかに、思考やこころが、おぼれていく。

その身体的な行為が、習慣化し、「ふつうのこと」になり、うっかりわすれてしまいそうなとき、「あっ」と気づけるように、対象と同一化しない意識を一部でも、もっておけるこころがけが、必要なのかもしれないとおもう。