胡蝶の夢日記 行為と妄想をかきのこしていくところ

心身の問題や民族学に興味あり。「自分のこと」を言語で表現することでみえてくる自己実現について、かんがえながら、ブログをかいています。社会性って、なんだろう?どうしたら、社会に参加できるのだろう。

まち(街・町)とはなんだろう?~自分の物語をつむいで、ほりおこしてみる~

11月26日火曜日、うめきたTalkin'Aboutに参加してきた。19時~21時のあいだに、話題提供者の笹尾和宏さんと参加者数十名で、『施設がまちになるために必要なことは?』というテーマをほりさげた。笹尾さんは、『PUBLIC HACK 私的に自由にまちを使う』という本をかかれている。まだかっていないが、そのうち、よもうとおもう。

PUBLIC HACK: 私的に自由にまちを使う

PUBLIC HACK: 私的に自由にまちを使う

まず、はじめに、「なぜ、ぼくはこの日、『施設がまちになるために必要なことは?』というテーマをかたりあいにきたのか。」をはなさなければならなかった。当日は、参加する理由などかんがえていなかったので、無意識的に、おもいつきで、こたえた。あらためて、それをふりかえっておきたい。

ぼくには、むかしから、「自分は主体的に、街に参加している」と感じられることが、あまりなかった。少年のころは、ぼんやりとそうおもい、20歳前後のころから、具体的に、"街"をさがすようになった。そのひとつとして、たとえば、23歳~24歳のころに、みんぱく(国立民族学博物館)という施設に、あそびにいった。梅棹忠夫とであい、かれのファンになり、その思想のにおいを感じ、つながりをもとめたことが第一の欲求だが、梅棹いわく「みんぱくは、市民が研究のため利用する施設」であるので、「街に主体的に参加する」という主題も、ここにはしっかりあった。

いち市民として、みんぱくに参加したことは、「本をよみながら、実際に、なにかをやってみて、そして、かんがえる」という梅棹の根本の思想にふれた気にもなり、第一の欲求はみたされた。また、博物館という、情報の集積と発信の拠点は、街にとって、非常に重要であることもわかった。重要であることのひとつとして、たとえば、「博物館という、巨大な知の装置が、街にある」というだけで、市民の意識は、知的なほうへと啓蒙されるのである。余談になるが、この点で、坂の上の雲ミュージアムがある、愛媛県松山市はよかった。松山市をあるいていて、この街からは、どことなく、知的な肌触りが感じられたことをおぼえている。

話をもどす。みんぱくに参加することで、街を感じはしたが、しかし、なにか、ものたりなさがあった。

このころは、みんぱくにもよくいったが、それだけではなく、ひとりで京都の街を寺から寺へと、よくあるきまわったし、やすい立呑屋で串かつをたべながら、お酒をのんだりしていた。それで、2015年、25歳のときには、Walkin'Aboutという街あるきサロンがあることを、インターネットで偶然しることができて、それに参加するようになり、そこで、「街のみかた、あるきかた、たのしみかた」について、意識できる皮膚感覚のようなものとして、そういうものがあるということが、なんとなくわかりはじめた。

ながくなったが、なぜ、この日、このサロンに参加したのか。それは、上にかいたとおり、いまになって、ようやく、「自分が街に主体的に参加している」と、納得しはじめていることを感じているので、その納得を具体的にするためである。

ここまでかいてみて、この納得は、街をあるいてきたことだけによって、えられたものではないとわかってきた。23歳~29歳のあいだに、自分の状況は、いろいろかわった。はたらくようにもなったし、自分の内的なことを他者にさらすこともやるようになったし、そのほかにも、いろいろ変化がある。いま、主体的に街に参加しはじめているような納得が芽生えてきているのは、いろいろな行為が複雑に影響しあって、えられているものだとおもう。それらをいちいち分解して、分析することは、無用なことだとおもえるので、ここではしないでおこう。

この回のTalkin'Aboutで、ほりさげたことはまだまだあるので、また次回に、記録しようとおもう。