行為と妄想をかきのこしていくところ

心身の問題などに興味があります。「自分のこと」をことばで表現することで、こころのゆたかさをはぐくんでいます。このこころみのひとつひとつが、だれかのちからになっていたとしたら、とてもうれしいです。

落合博満(プロ野球選手)の打撃技術本から、からだの感覚をつかむ方法を実践的にまなぶ。

ちょっと風邪をひいていたので、昨日まで、3日、4日ほど、素振りをするのをやめていた。ずいぶん体調もよくなったので、今日から、また再開した。

からだをやすめていたためか、今日は割合、よい感じでバットをふることができた感触がある。ブンッ、という音がしていたので、とりあえず、よいスイングができているとしておこう。

なぜ、今日、よいスイングができたのかをかんがえている。これは、おそらく、やすんでいたあいだ、落合博満本をしっかりとよみこんでいたからだとおもう。
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本をよみ、打撃の理屈を理解しようと頭をはたらかせながら、そして、同時に、からだの動作をイメージした。今日は、その理屈や、本をよみながらイメージしていたからだの動作をおもいうかべながら、バットをふった。理屈とイメージが、割合うまく、からだをうごかすという行為にむすびつけることができていた感じがある。

具体的に、何を意識して、バットをふったのかというと、両足と軸足の右足のつかいかただ。

バットをかまえるまえに、まず、親指つけ根の内側に体重をのせ、そして、かまえにはいる。もちろん、かまえは落合流である。バットをもった両腕を上体の前方にのばしてかまえる神主打法である。スイングにはいるまえに、まず両腕を胸の方にひきつけ、そして、弓をひくように、右側に両腕をひく。このとき、全体重を軸足の右足にのせる。上体がまえにつっこまないように、しっかりと意識する。頭は、はじめにかまえた位置からうごいてはいけない。ここから、スイングの動作にはいっていくために、左足を前方にふみだす。このとき、左足といっしょに、頭がまえにうごかないように、軸足の右足に体重をのせたまま、腰をおとす。頭のうごきは下方向のみゆるされる。この型になったあとは、一気に、バットを一直線にふりおろす。

あんまりうまく、ことばにすることができた感じはないが、おおよそは落合博満が説明しているバットスイングの理屈を、自分のことばで表現することはできているとはおもっている。そして、からだの動作でも、それなりに表現できていた感触があった。

しかし、課題はのこっている。最後に、スイングする瞬間の体重移動のことが、うまくつかむことができていない。軸足の右足の内側から、左足の内側に、力をうつす感じらしいが、その感覚がいまいちつかめなかった。

最後に。今日、わりとよいスイングができたのは、1年間、ゆるくジョギングをつづけてきたおかげなのだと、ハッと気がついた。しっかりバットをふれるくらい、足腰がきたえられていたのだ。けっこう達成感をあじわっていて、しあわせを感じているのだけど、それは、この点と点が線になったようなうれしさが核にあるためのような感じがする。無為に、とおまわりしていると、変なところで、何かがつながって、たのしくなることがあるけど、これがなんか、すきだ。

落合博満の超野球学〈1〉バッティングの理屈

落合博満の超野球学〈1〉バッティングの理屈