ウソつき少女と健気な犬の少年 【夢日記 2021/1/15】
なにものかが、ぼくの背中にあるカバンから、なにかをとった。ぼくは、とられたものは梅棹忠夫に関する新聞のきりぬきだと、すぐに気がついた。なぜなら、それ(梅棹忠夫)は、ぼくにとって、うばわれてはならないものだからだ。
ぼくはすぐにふりかえった。すぐうしろに、少女がいたので、といつめた。
「きみは、ぼくからなにかをとったでしょう。すぐにだしてください。」
少女は首をよこにふって、いった。
「しらない。とってない。」
ぼくは、なにがうばわれたのかをしっていたので、それがうそだとすぐにわかった。
「その手にあるのはなんです?」
そういって、ぼくは少女の右手をつかんだ。その手には、たしかに、ぼくにとってかけがえのないものがあった。
「それはぼくのものなので、かえしてもらう。」
ぼくは少女の顔色をみて、なにかを察した。
「それを強引にうばいとったことはどうでもよいが、なぜこんなことをしたのか、正直にいってほしい。」
少女はだんまりをつづける。
「ほんとうのことをいう方が、自分のためにいいとおもうよ。」
やさしい声色でつたえたかったが、声はふるえていた。「いつまでもウソをついて、いきていたら、破滅するぞ!」と、さけびたかったのをこらえた。
これ以上かかわっても、ムダだとおもったので、ぼくは少女をすてさった。
場面はかわり、なんだかことばづかいやからだのうごきが、ぎこちない少年とであった。ぼくは、かれから、ふかい魅力を感じた。しばらくのあいだ、ふたりでまちの風景をながめて、のんびりとすごしていたら、かれは重大なことをうちあけた。なんと、かれは、なにかのまちがいで、人間のすがたでうまれてきてしまった犬だという。
かれははじめ、人間のことばをはなすことができなかったし、二足歩行をすることも満足にできなかった。当然のように、おなじ人間からは嘲笑され、差別された。しかし、かれは「人間として、うまれたということは、かならず人間らしくなれる」とつよいこころで信じ、健気に、ほかの人間のように、はなすことができ、あるくことができるようになる訓練をおこなった。その成果はしだいにあらわれてきた。かれは、人間のことばをはなすことも、二足歩行も、ぎこちないとはいえども、できるようになってきたのだ。
いまや、かれを嘲笑するものは、だれもいない。
かれは、自分が人間としては未熟であるということをいっさいかくしていない。つよがりや虚勢でもなく、あきらめからくるひらきなおりでもない。かれは自分の運命を、自己の存在をそのままうけいれている。かれには、ウソがないのだ。
ぼくは、かれの魅力のふかさに気づいたとき、重大なことをしった。
以上。2021/1/15、AM7:20ころ、おきぬけにみた夢の日記。
- 作者:河合 隼雄
- 発売日: 1995/10/17
- メディア: 文庫