デタラメでもいいので、とにかく内的な変化をかきしるすとよい。
それらが、たとえ、デタラメで、こまぎれの部分だとしても、ことばにすることで、しだいに実像らしきものがみえてくる。
しかし、この実践の代償はおおきいこともある。
パンドラの箱をあけてしまうことにもなりうる。
率直にいうと、うつっぽくなる。
無意識とは、そういうものだ。
無意識のちからをあなどると、死がまっている。
心境の吐露と夢日記を他者にみせたことで、孤独感のわけをつかむことができた。
参考までに、実践をここにのこしておく。

①

①の翌朝3月11日にみた夢