自分にあわないことを我慢しているから、不眠症になったり、憂うつになったりして、ダメになるんだ。

明日から、また「目的の世界に、かえらなければならない」と意識した途端に、ねられへんなってしもうた。なんでやねん。

ああ、毎度々々、なんとたよりのない、「いとしの僕の『不安定』」
(※hideの限界破裂より引用。余談だが、ぼくはこの曲の詞がすきだ。自分の不安定さが、そのままことばになっているような気がしたり。)

http://j-lyric.net/artist/a00ad11/l01178e.html

ぼくは、「目的的に、いきる」ということから、異常なくらいおおきい、精神的な負荷がかかっているみたいだ。この目的の世界での、くるしみの先に、よろこびなんて、ないとおもうので、これは、きつい。

茂木健一郎さんが、「とにかく、負荷をかけろ」とか、いっているけど、説明不足のような気がするぞ。必要な負荷と不要な負荷って、あるんじゃないの?

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自分にあわない世界で、努力しつづけるというのは、無駄なあがきだとおもう。勝ち目のない合戦で、退却しないというのは愚策じゃないですか。

ぼくにとって、この目的の世界で、いきていくには、なかなかハードなことなので、「無目的的に、はたらくことができる場所」を自らの手でつかむことに、ちからをそそごうとおもう。そうしないと、やっていけそうにない。

舵をとって、生き方・働き方の進路変更をしようと決意して、すこしずつでも行動しはじめているわけだから、この意味では、まあ、この負荷があって、よかったともいえるか。