ひととの距離感は一言でガラリとかわる

<これまでの自分だったら、「このひとには、つたわらない」とおもったら、「ピシャッとこころをとざす」か、「むきになって、議論して、わからせてやろう」となっていました。

だけど、今日はそうじゃなくて、「このひとの物の見方、考え方はこうなんだ」って、うけとめることができたので、「自分はちょっと成長しているというか、まともになっている」とおもいました。>

「真意はあまり理解されていなくて、かみあわないなあ」と、おもいながらも、それでも、いろいろ話をきいてくれて、真剣に返答してくれたので、ありがとうございましたという感謝のことばのあとに、上のような感想をそえた。この瞬間に、相手の様子がちょっと変化した感じがあった。

それから、店をでて、家のちかくまで、おくってもらう車のなかで、相手との距離感が変化しているのを感じた。相手はグッとあゆみよってきてくれて、さっきとは、うってかわって、ぼくの話をひきだすような、間合いに変化したように感じられた。

はじめから、店をでるおわりの瞬間まで、ずっと相手は、自分の物の見方で、ぼくを品さだめするかのように、話を展開していた。そういう間合いなので、ぼくは、終始、歯切れがわるく、考えをうまくことばにすることができなかった。

これと、かえりの車内での会話を比較すると、全然ちがった。車内では、相手は、ぼくが職場の業務外に、私的に活動し、勉強してきたことについて、話をひきだしはじめた。こうなると、ぼくは歯切れがよくなる。その私的な活動が、業務内の学生とのかかわりあいに、役にたつことがおおくなってきたと、多少ハッタリがあるが、いいきった。

相手との距離感は、一言でガラリとかわるのだということを肌で感じた瞬間だった。

上司とふたり、焼肉屋でのひとつの場面、2019/6/19 21時半ころ