友だちとお酒をのむと、肩こりとか、からだの疲労感が解消される理屈

おおきな声で、すき勝手なことばを放言すると、これでけっこう疲労感はふっとぶ。

これには根拠がある。

人間は普段、声のおおきさを調節しながら、また、発言する内容に気をくばりながら、声をだしている。

職場とか、家庭とか、そういう外の世界での感じをおもいだすと、わかるとおもう。

日常、からだはめっちゃ緊張しているのだ。

どんな声色で、どんな声量で、どんなことをいおうか、こんなことをいうと相手はムッとするかな?とか、ほんとうにいろいろ配慮しながら、声をだしている。

声をだすということは全身運動なのだけど、それがために、上のように、日常、声やことばを抑制しながらすごしているということによって、全身は緊張し、こわばり、疲労感がたまるのだ。

という理屈があるので、肩こりとかを解消するなら、たまには、おおきな声をだすことがよいのだ。

声量を調節することをせず、「わっ」とか、「なんでやねん」とか、「おれはこうおもう」とか、デタラメで、不規則な声をだすとよい。

感情から、わきたつ声を、そのままのかたちで、だすことが重要だ。

はなすことばもおなじだ。おもいついたことを、おもいついたいきおいのままに、発するとよい。オチがあるとか、ないとか、そんなことをいちいちかんがえない。論理的だとか、そんなことをいちいちかんがえない。

感情からわきたつことばを、まっすぐに表現するのだ。

お酒を友だちなどとのむと、翌朝、からだの爽快感があるのは、以上の理屈のためだ。

あんまりまわりを気にせずに、おおきな声で、大放言をして、ゲラゲラとおおきな声をだして、わらっているでしょう。

ことばと声とからだの関係性については、竹内敏晴がめっちゃおもしろい。ぜひ一読をすすめたい。